化粧品を海外へ出そうとすると、PIF(Product Information File/製品情報ファイル)の提出または保管を求められます。これは申請書ではなく、製品に関する資料一式をまとめて手元に置き、当局から求められたときに示せる状態にしておく仕組みです。
日本の薬機法には同じ名前の制度がないため、何を集めればよいのか分からないまま止まる企業が少なくありません。本記事では、PIFに何が入るのか、誰が保管する義務を負うのか、日本企業が実際につまずく資料の集め方までを整理します。
こんな方にオススメ
- ●化粧品を欧州や台湾など、PIF制度のある市場へ輸出したいメーカーの方
- ●OEM生産のため、処方情報を自社で持っていない化粧品ブランドの方
- ●現地の輸入者からPIFの提出を求められ、何を用意すべきか確認したい方
この記事を読むと···
- ●PIFに含まれる資料の種類と、それぞれの役割がわかる
- ●責任者(Responsible Person)という考え方と、自社の立場が整理できる
- ●OEM先や原料メーカーから何を取り寄せる必要があるかがわかる
PIFとは何か——「提出する書類」ではない
PIFは、製品の安全性を裏付ける資料を一式まとめたものです。制度の考え方として重要なのは、次の点です。
- ●事前に審査を受けて承認をもらう仕組みではない
- ●市場に出す前に、資料を整えて保管しておくことが求められる
- ●当局から要求があったとき、速やかに提示できる状態を維持する義務がある
- ●保管する責任を負う主体が、制度上明確に定められている
POINT
「申請して承認が下りれば終わり」という制度ではありません。販売している間ずっと、最新の状態で保管し続ける義務があります。処方や製造所を変更したらPIFも更新する、という運用を社内に組み込んでおく必要があります。
責任者(Responsible Person)という立場
PIF制度では、その市場において責任を負う主体が定められます。一般に、現地に拠点を持つ法人がこの役割を担います。日本のメーカーが直接輸出する場合、現地の輸入者や代理店が責任者になることが多くなります。
| 論点 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 誰が責任者になるか | 現地法人か、輸入者か、指定した代理人か |
| PIFを誰が保管するか | 責任者の所在地で保管できる状態にあるか |
| 処方情報をどこまで開示するか | 責任者へ全量開示するのか、秘密保持の枠組みを設けるのか |
| 関係が終了したらどうなるか | PIFと登録の扱いを契約で定めているか |
CAUTION
責任者を現地の輸入者に委ねると、関係を解消した際にPIFと市場での地位を引き継げず、実質的に販売をやり直すことになります。契約段階で、責任者の変更手続きと資料の帰属を明文化してください。処方という機微な情報を渡す以上、秘密保持の取り決めも同時に必要です。
PIFに含まれる主な資料
制度や市場によって細部は異なりますが、求められる資料の骨格は共通しています。
| 区分 | 内容 | 入手先 |
|---|---|---|
| 製品の説明 | 製品名、用途、剤型、使用方法 | 自社 |
| 成分・処方 | 全成分と配合量、各成分の規格 | OEM先/原料メーカー |
| 安全性の評価 | 処方全体としての安全性を専門家が評価した報告 | 評価を行える専門家 |
| 製造に関する情報 | 製造所、製造方法、品質管理の体制 | OEM先/自社工場 |
| 品質・規格 | 製品規格、試験方法、安定性に関するデータ | 自社/試験機関 |
| 表示・包装 | ラベル、容器、添付文書の内容 | 自社 |
| 効能に関する裏付け | 表示する効果をうたう場合の根拠資料 | 自社/試験機関 |
| 動物実験に関する情報 | 制度によって求められる | 自社/OEM先 |
中心にあるのは安全性の評価
PIFのなかで最も専門性が要るのが、処方全体としての安全性評価です。個々の成分が安全であることと、その組み合わせで作られた製品が安全であることは別の話です。成分ごとの毒性情報、想定される使用量、使用部位、対象となる利用者層を踏まえて評価を行い、その結論を文書として残します。この評価は、相応の知見を持つ専門家が行う必要があります。
日本企業がつまずく3つの場所
OEM生産で処方を持っていない
自社ブランドをOEMで製造している場合、全成分と配合量を自社が把握していないことがあります。PIFにはこの情報が必要になるため、OEM先との交渉が発生します。開示に応じてもらえない場合、秘密保持契約を結んだうえで責任者や評価者にのみ開示する、という段取りを設計することになります。
原料の規格資料が揃わない
原料メーカーから規格書や安全性データを取り寄せる必要がありますが、輸出を想定していない原料では英文資料が用意されていないことがあります。翻訳と確認に時間がかかるため、輸出の検討を始めた段階で洗い出しておいてください。
表示する効果の裏付けがない
日本国内向けの表現をそのまま翻訳すると、裏付け資料の提出を求められる場合があります。パッケージやWebサイトで何をうたうかを決める前に、その表現に根拠資料が必要かどうかを確認してください。
INFO
台湾では化粧品衛生安全管理法に基づきPIF制度が導入されており、対応の期限が定められています。制度の内容と日本企業が取るべき手順は台湾PIF制度の記事で詳しく扱っています。
準備の順序
| 段階 | やること |
|---|---|
| 1 | どの市場へ出すかを決め、その市場の制度で何が求められるかを確認する |
| 2 | 責任者を誰にするかを決め、契約条件(資料の帰属・秘密保持・解消時の扱い)を固める |
| 3 | OEM先・原料メーカーから処方と規格の資料を集める |
| 4 | 安全性評価を専門家に依頼する |
| 5 | 表示内容を確定し、裏付けが必要な表現を整理する |
| 6 | 資料一式をPIFとしてまとめ、保管と更新の運用を社内で決める |
1と2を飛ばして資料集めから始めると、集めた情報を誰にどこまで渡せるのかが決まらず、途中で止まります。
安全性評価(CPSR)の中身を理解する
PIFのなかで最も専門性を要し、かつ最も時間がかかるのが安全性評価です。ここが止まると、他の資料が揃っていても市場投入できません。評価がどういう構造になっているかを、依頼する側も理解しておく必要があります。
評価は2つのパートに分かれる
| パート | 内容 | 誰が用意するか |
|---|---|---|
| 安全性に関する情報 | 処方、各成分の物性・毒性データ、想定される使用条件、微生物学的な品質、容器からの溶出、安定性など | メーカーおよび原料供給者 |
| 安全性の評価 | 上記の情報をもとに、その製品が通常の使用条件下で安全と言えるかを専門家が判断し、結論と根拠を記載する | 評価を行う資格・知見を持つ者 |
前半は事実の集積、後半は専門家による判断です。前半の資料が欠けていると後半に進めないため、実務ではまず前半の収集が律速になります。
評価で見られる観点
- ●各成分の毒性学的プロファイルと、配合量が安全な範囲に収まっているか
- ●使用部位(顔・目の周り・粘膜・頭皮など)と、対象となる利用者層
- ●1回あたりの使用量と使用頻度からの曝露量の見積もり
- ●製品としての微生物学的な安定性(防腐効果)
- ●容器・包装材からの成分移行
- ●製造から使用期限までの品質の安定性
- ●想定される誤使用のリスク
POINT
「個々の成分が安全だから製品も安全」とはなりません。評価されるのは処方全体です。単独では問題のない成分でも、組み合わせや配合量、使用部位によって判断が変わります。成分表を出せば済む話ではない、という点を社内で共有しておいてください。
資料を集める順序と、依頼の出し方
PIFの準備で実際に時間を取られるのは、評価そのものよりも資料の収集です。取引先に依頼する順序を間違えると、往復が増えます。
対象市場と責任者を決める。ここが決まらないと開示範囲が定まらない
秘密保持の枠組みを整える。OEM先・原料メーカー・評価者の三者間で必要になる場合がある
OEM先へ全処方と配合量、製造方法、品質管理体制の資料を依頼する
原料メーカーへ各成分の規格書・安全性データを依頼する。英文の有無を確認する
評価者を選定し、集まった資料で評価が可能か事前に確認する
不足資料を洗い出し、追加で依頼する
評価を依頼し、結果を受け取る
表示・包装の内容を確定し、資料一式をPIFとしてまとめる
依頼時に明示すべきこと
| 相手 | 伝えるべきこと |
|---|---|
| OEM先 | どの市場へ出すか、誰に開示するか、開示範囲、秘密保持の条件、いつまでに必要か |
| 原料メーカー | 必要な資料の種類、言語(英文の要否)、提出期限、開示先 |
| 評価者 | 製品の使用条件、対象利用者、想定する市場、資料の提出予定 |
CAUTION
「輸出を検討している」とだけ伝えて資料を依頼すると、相手は何を出せばよいか判断できません。どの制度に基づく、どの資料が、いつまでに必要なのかを具体的に示してください。とくに原料メーカーは輸出を想定していない場合があり、英文資料の作成に時間を要します。
OEM生産でPIFを整えるときの選択肢
自社ブランドをOEMで製造している場合、処方を自社が保有していないことが一般的です。この状態でPIFを整える方法は、大きく3つあります。
| 方法 | 進め方 | 留意点 |
|---|---|---|
| 全量開示を受ける | 秘密保持契約を結び、自社が処方を受け取る | OEM先が難色を示すことが多い |
| 評価者へ直接提出してもらう | OEM先から評価者へ資料を直接渡す。自社は処方を見ない | 評価者と三者間で契約を結ぶ必要がある |
| OEM先にPIFごと整えてもらう | OEM先が評価まで手配し、成果物を納品する | 費用が上がる。OEM先の対応可否を先に確認する |
どの方法でも、市場で責任を負うのは責任者として登録された主体です。OEM先が資料を持っているからといって、責任まで移るわけではありません。
契約に入れておくべき条項
- ●処方情報の開示範囲と、開示先を限定する条件
- ●秘密保持の期間と、目的外使用の禁止
- ●処方・製造所を変更する場合の事前通知義務
- ●当局からの照会があった場合の協力義務
- ●取引終了後の資料の取り扱いと、責任者変更への協力
取得後に発生する運用
PIFは作って終わりではありません。販売を続けている間、最新の状態を保つ義務があります。ここを運用に落とし込めていないと、当局の照会時に古い資料しか出せない状態になります。
更新が必要になる場面
| 変更の内容 | PIFへの影響 |
|---|---|
| 処方の変更(成分の追加・変更・配合量の変更) | 安全性評価のやり直しが必要になる場合がある |
| 原料の供給元の変更 | 規格書・安全性データの差し替えが必要 |
| 製造所の変更 | 製造方法・品質管理に関する資料の更新 |
| 容器・包装の変更 | 溶出や安定性に関する評価の見直し |
| 表示内容・訴求の変更 | 裏付け資料の追加が必要になる場合がある |
| 規制の改定 | 要求される資料の構成が変わる |
社内で決めておくこと
- ●PIFの保管場所と、アクセスできる担当者
- ●変更が発生したときに誰へ連絡するか(変更管理のフロー)
- ●年に一度の点検の担当と時期
- ●責任者との連絡窓口と、照会があった場合の対応手順
- ●担当者が異動した場合の引き継ぎ範囲
INFO
変更管理が機能しない典型は、開発部門が処方を変えたことを輸出担当が知らないケースです。処方変更の承認フローに「輸出先があるか」を確認する項目を入れておくと、事故を防げます。
日本の薬機法との違い
日本国内で化粧品を販売する際の手続きと、PIF制度は目的も構成も異なります。国内の資料をそのまま流用できると考えていると、準備が足りません。
| 日本の化粧品 | PIF制度のある市場 | |
|---|---|---|
| 市場に出す前の手続き | 届出が中心 | 責任者がPIFを整えて保管する |
| 処方全体の安全性評価 | 届出資料としては求められない | 中核的な要素として求められる |
| 成分の規制 | 配合禁止・配合制限の基準に従う | 市場ごとに基準が異なる |
| 責任の所在 | 製造販売業者 | その市場の責任者 |
| 当局への提示 | 求めに応じて | 求めに応じて速やかに |
とくに差が大きいのは安全性評価です。国内では求められていない資料を新たに作る必要があるため、輸出を決めてから準備を始めると、想定より時間がかかります。
INFO
台湾では化粧品衛生安全管理法に基づきPIF制度が導入され、対応の期限が定められています。制度の内容と日本企業が取るべき手順は台湾PIF制度の記事で詳しく扱っています。
- 化粧品を海外市場へ投入する段階にあり、現地の規制・登録実務の一次情報が必要なメーカー・ブランド
- ライブコマース・現地ポップアップを通じて、現地バイヤー・消費者と直接接点を持ちたい企業
- 代行や情報提供サービスではなく、自社が判断・行動できる「機会と場」を求めている海外事業担当者
当機構では、会員が台湾向けライブコマース(累計100回・GMV4億円超の実績)・現地商談ツアー・展示会という実際の取引の場に参加することで、現地の税関実務・バイヤー慣行・規制変化といった一次情報に直接触れる機会を用意しています。
当機構が提供するのは「機会」であり「代行」ではありません
よくある質問
PIFは当局に提出するものですか。
原則として、平時に提出するものではありません。責任者が保管し、当局から要求があったときに提示できる状態を維持します。ただし市場によっては別途、届出や登録が求められる場合があります。
OEM先が処方を教えてくれません。どうすればよいですか。
秘密保持契約を結んだうえで、責任者や安全性評価者に限定して開示する枠組みを設ける方法があります。OEM先が直接、評価者へ資料を提供する形にすることもあります。輸出の計画を伝えたうえで、早い段階で相談してください。
日本の薬機法の届出資料をそのまま使えますか。
そのままでは足りないことが一般的です。求められる資料の構成が異なり、特に処方全体としての安全性評価は日本の届出には含まれていません。
処方を変更したらPIFはどうなりますか。
更新が必要です。製造所の変更や表示内容の変更も同様です。販売している間は最新の状態を保つ義務があるため、変更管理の手順を社内で決めておいてください。
自社で安全性評価を行えますか。
相応の知見が求められるため、外部の専門家に依頼するのが一般的です。誰が評価したかも記録として残ります。
安全性評価は誰に依頼すればよいですか。
相応の知見を持つ専門家に依頼します。評価を行った者の情報も記録として残るため、対象市場の制度で求められる要件を満たしているかを確認してください。
OEM先が処方を開示してくれません。
秘密保持契約を結んだうえで評価者にのみ開示する方法、あるいはOEM先から評価者へ直接提出してもらう方法があります。三者間の契約が必要になる場合があります。
PIFはどのくらいの期間、保管する必要がありますか。
市場によって定めが異なります。販売している間は最新の状態を保ち、販売終了後も一定期間の保管が求められるのが一般的です。対象市場の要件を確認してください。
日本語で作成してもよいですか。
当局の求めに応じて提示できることが前提のため、その市場で受け入れられる言語での作成が必要になります。翻訳の工数も計画に入れてください。
処方を変えたらPIFはどうなりますか。
更新が必要です。変更の内容によっては安全性評価のやり直しが生じます。処方変更の承認フローに輸出先の有無を確認する項目を入れておくと、漏れを防げます。
OEM先がPIFを持っていれば自社は何もしなくてよいですか。
いいえ。市場で責任を負うのは責任者として登録された主体です。OEM先が資料を保有していることと、責任の所在は別の問題です。